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東京地方裁判所 平成8年(行ウ)58号 判決

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

被告が原告に対し平成七年一二月二〇日付けをもってした税理士登録抹消処分は無効であることを確認する。

第二  事案の概要

一  本件は、税理士資格を有していた原告が、破産宣告に伴って被告により税理士名簿から登録を抹消されたため、破産手続の同時廃止決定を受けている以上税理士資格は喪失していないとして、右登録抹消の無効確認を求めて出訴した事案である。なお、被告は、本案前の抗弁として、税理士名簿からの登録の抹消は抗告訴訟の対象である行政処分には該当しないと主張している。

二  税理士法(以下「法」という。)の規定

税理士となる資格を有する者が税理士となるには、税理士名簿に氏名その他の事項の登録を受けなければならないが(法一八条)、被告は、税理士が四条二号から九号までの一に該当するに至ったこと等の事由により税理士たる資格を有しなくなったときは、遅滞なくその登録を抹消しなければならない(法二六条一項各号列記以外の部分、同項四号)。そして、破産者で復権を得ないものは、税理士となる資格を有しない(法四条各号列記以外の部分、同条三条)。

なお、税理士名簿への登録を申請したものの被告からその登録を拒否された(法二二条一項)や、被告から登録を取り消された者(法二五条一項)は、国税庁長官に対して審査請求をすることができる(法二四条の二)が、登録を抹消された者に対してかかる不服申立ての方法を定めた規定はない。

三  本件訴訟に至る経緯(1ないし3の事実はいずれも当事者間に争いがない。)

1 原告は、昭和三九年六月一六日、登録番号第一五一三五号をもって被告から税理士名簿への登録を受けた。

2 原告は、平成四年三月九日午後四時、破産宣告の決定を受けた。

3 被告は、平成七年一二月二〇日、法四条三号該当を理由に、原告に係る税理士名簿の登録を抹消した(以下「本件抹消」という。)。

4 なお、原告は、平成八年三月二九日に免責許可決定を得、右決定は同年五月二二日に確定したことがうかがわれる。

第三  争点に関する当事者の主張

一  本件抹消の処分性(本案前の争点)

1 被告の主張

抗告訴訟の対象となる処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う処分のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう。

しかるに、税理士が法四条各号の欠格条項に該当するに至った場合には、直ちに税理士としての資格を失うのであり、その場合における登録抹消は、これによって税理士としての資格を失わせる行為ではなく、税理士としての資格を失っているという事実を公に証明する行為にすぎない(最高裁大法廷昭和四二年九月二七日判決・民集二一巻七号一九五五頁参照)。

したがって、本件抹消は処分ではないから、本件訴えは不適法である。

2 原告の主張

原告がその所属する東京税理士会を経由して被告に登録抹消届出書を提出したことが全くないにかかわらず、被告は一方的かつ抜打ち的にその職権をもって本件抹消を行った。

また、原告は法四条三号所定の欠格条項に該当しておらず、本来ならば税理士資格を有しているのであるから、本件抹消は原告の税理士資格を違法に剥奪する行為であって、これを単なる事務処理と解することはできない。

したがって、本件抹消は処分に該当する。

二  本件抹消の効力

1 被告の主張

原告に対する破産手続が廃止されたとしても,それだけで当然に復権を得たことにはならず、原告は破産宣告決定により法四条三号の欠格条項に該当することとなった。

なお、被告は、平成七年一二月二一日付け「税理士登録抹消の通知」を内容証明郵便及び普通郵便で原告に郵送したが、うち内容証明郵便に係る通知書については原告が敢えて受領しなかったため、被告に返戻された。

したがって、本件抹消は適法である。

2 原告の主張

原告は、平成四年三月九日午後四時、破産手続について同時廃止の決定を受けたのであって、法四条三号の欠格条項には該当しないから、本件抹消には事実誤認ないし職権濫用による法律解釈の誤りがある。

また、本件抹消は明らかな不利益処分であるから公正かつ透明な手続によってされなければならないところ、本件抹消には適式な決定書が存在せず、決定書らしき書面の送達も普通郵便で行われたものであって、その手続には重大明白な瑕疵がある。

さらに、被告は、税理士に対する懲戒権限が大蔵大臣に専属するにもかかわらず、法四四条に規定のない資格剥奪という懲戒を原告に対して行ったのである。

したがって、本件抹消は職業選択の自由を定めた憲法二二条一項、適正手続を定めた憲法三一条等に反するから、無効である。

第四  争点に対する判断

一  本案前の争点について

1 行政事件訴訟法三条四項は、無効等確認の訴えにつき、処分若しくは裁決の存否又はその効力の有無の確認を求める訴訟をいうものと定めているところ、ここにいう処分とは、公権力の主体たる公共団体等が行う全ての行為を指すのではなく、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものと解される。

2 ところで、既に摘示したとおり、税理士名簿への登録は、税理士となるための必要条件であるが、十分条件となっていない。すなわち、税理士名簿に登録されているからといって必ず税理士として適法に活動できるものではなく、その者が税理士となる資格を有していることが必要なのである(法一八条参照)。

そうすると、税理士が税理士資格を喪失し、それによって税理士名簿からの登録を抹消された場合には、税理士資格を喪失した時点で当然に税理士としての適法な活動ができなくなっているのであって、その後に税理士名簿からの登録を抹消されることそれ自体は、その者の権利義務に直接影響を与えるものではないということができる。現に、既に摘示したとおり、税理士名簿からの抹消については、登録の取消し等と異なり、行政庁に対し不服申立てを行う手続規定も置かれていないのである。

したがって、税理士名簿からの抹消は、無効等確認の訴えの対象である処分には当たらないことが明らかである。

3 これに対し、原告は、原告が法四条三号の欠格条項に該当しない以上、本件抹消は実質的に原告の税理士資格を剥奪するものである旨主張する。しかしながら、既に説示したように、税理士名簿からの登録抹消自体は処分ではないし、登録抹消に公定力がない以上、一般的に、被告が欠格条項の認定を誤り、税理士資格を有する者につきこれを有しないものとして税理士名簿からの登録を抹消した場合には、法一八条の登録の効力は失われないものと解されるから、被抹消者は被告に対し税理士資格を有することの確認を求め、登録の回復を図る等の方法を採ることができるのであって、原告の主張は失当である。

二  以上のように、本件訴えは、その対象につき処分性を欠く不適法なものであることは明らかであって、その余の点につきさらに判断する必要はないから、これを却下することとし、、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 富越和厚 裁判官 竹野下喜彦 裁判官 岡田幸人)

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